大津地方裁判所 平成5年(ワ)394号 判決 1995年11月20日
原告
暮石一浩
右訴訟代理人弁護士
玉木昌美
同
野村裕
同
吉原稔
同
小川恭子
同
元永佐緒里
被告
学校法人聖パウロ学園
右代表者理事
山田右
右訴訟代理人弁護士
猪野愈
主文
一 原告が、被告に対して、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 被告は、原告に対し、平成五年四月一日から毎月二五日限り一か月二四万六六九〇円の割合による金員を、本判決確定の日まで支払え。
三 被告は、原告に対し、平成五年六月末日から毎年六月末日限り四四万六一六〇円、同年一二月一〇日から毎年一二月一〇日限り五四万七五六〇円、同六年三月二〇日から毎年三月二〇日限り一一万一五四〇円の割合による金員を、それぞれ本判決確定の日まで支払え。
四 原告のその余の請求を却下する。
五 訴訟費用は被告の負担とする。
六 この判決は、二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文一項同旨
2 被告は、原告に対し、平成五年四月一日から毎月二五日限り一か月二四万六六九〇円の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、平成五年六月末日から毎年六月末日限り四四万六一六〇円、同年一二月一〇日から毎年一二月一〇日限り五四万七五六〇円、同六年三月二〇日から毎年三月二〇日限り一一万一五四〇円の割合による金員をそれぞれ支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 2項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、肩書地において、昭和六三年四月に開校した光泉中学校及び光泉高等学校を経営する学校法人である。
原告は、平成四年四月一日付で、被告の専任講師として採用され、宗教の授業を担当した。
2 被告は、平成五年三月三一日をもって、原告と被告との雇用契約が終了する旨の通告書を原告に送付し、原告が被告との雇用契約上の地位にあることを争っている。
3(一) 原告の平成五年二月分及び三月分の本俸は一か月当たり二〇万二八〇〇円であり、他に教特手当七四〇〇円、教職調整八一二〇円、調整手当四三七〇円、住居手当二万四〇〇〇円を得ていたから、原告の平均賃金は合計二四万六六九〇円であり、毎月二五日に支給されていた。
(二) 聖パウロ学園教育職給料表(平成三年四月一日適用)によれば、原告に対する一時金(勤勉手当、期末手当)の額は、本俸を基準として、六月が2.2か月、一二月が2.7か月、三月が0.55か月と定めている。したがって、原告の前記本俸を基準に算定すると、六月の一時金は四四万六一六〇円、一二月は五四万七五六〇円、三月は一一万一五四〇円となり、各支給日は六月は月末まで、一二月は一〇日まで、三月は二〇日までとなっていた。
4 よって、原告は、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と、平成五年四月一日以降毎月二五日限り、平均賃金である一か月当たり二四万六六九〇円の割合による金員、一時金として、同年六月末日から毎年六月末日限り四四万六一六〇円、同年一二月一〇日から毎年一二月一〇日限り五四万七五六〇円、同六年三月二〇日から毎年三月二〇日限り一一万一五四〇円の割合による金員の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実はいずれも認める。
2 請求原因3(一)の事実及び同(二)の事実のうち、教育職給料表の定めと原告の本俸の額、一時金の支給日については認めるが、その余は争う。
被告の教職員給与規程によれば、勤勉手当については「支給額は、本人の出勤率ならびに勤務成績等を勘案して理事長が決定する」(二〇条の第三)と定められている。
三 抗弁
1 期間の定めのある雇用契約の終期の到来
わが国の中学校及び高等学校において、講師については常勤(専任)、非常勤を問わず、期間の定めのある雇用契約と解されており、被告が原告を採用するときも、当該年度の契約として採用し、原告との採用面接において、明確に「専任講師は教諭と違い、一年という期限付ですが、宗教科の先生は一人だけです。腰掛けのような気持ちではなく、本校の宗教教育のリーダーとして中心となって頑張ってもらえますか。」と理事長が述べて、雇用期間が一年間であることを説明した上、平成四年四月一日に行われた新任教員の説明会においても、松井室長等から専任講師の雇用期間についての説明がなされた。
被告は、請求原因2項記載の通告によって、平成五年三月三一日をもって雇用期間が終了することを告知した。
2 留保された解約権に基づく解雇
(一) 被告の就業規則は、新採用の職員について一年間の試用期間を設けると定めている。
仮に、本件雇用契約が期間の定めのない契約だとしても、試用期間中の労働者に対する本採用の拒否は、留保された解約権に基づく解雇と解すべきところ、被告は、平成四年一二月二六日、留保解約権の行使として原告に試用期間が満了する同五年三月三一日付で解雇することを予告した。
(二) 被告が原告の本採用を拒否するについては、以下のとおり相当な事由がある。
(1) 被告は、中学高校の六年間の一貫した教育理念として、キリスト教精神に基づく宗教教育の徹底と教科指導を通した基礎学力の充実を全人教育の基本として、生活指導等においても生徒各自がキリスト教倫理観、価値観に基づく責任ある行動が取れるよう指導していくことを教育の特色としている。
したがって、被告が経営する光泉中学・高校における宗教科の教師は、被告の右理念並びに特色を十分咀嚼体得して、全人格を投じて生徒の指導にあたることが求められていた。
しかし、原告は、年度当初から宗教科教育の基本を逸脱して、生徒が興味を持つであろう内容を自身の判断で行い、一〇月になってからも教理等の授業を行わず、社会科で教えるべき内容の授業を行い、カトリック系学校の宗教科講師として採用されたにもかかわらず、その目的に沿う授業を十分に行わなかった。
(2) 被告は、原告が以前務めていた和歌山信愛女子短期大学付属中学高校(以下「信愛女子短大付属」という。)に、原告の勤務態度、勤務内容について照会したところ、①大変変わり者の性格で、②自分勝手で他の教員との協調性に欠け、③強情張りで上司の指示に従わず、④他の教員からも苦情が出て、⑤学校の職務においても不熱心で、⑥依怙地なところがあって、反抗的であったため、教師として相応しいとは思われなかったので、再採用しなかったとの回答を得た。
(3) 原告については、その他の問題点として、遅刻が多いこと、宗教科の時間に生徒をグラウンドで遊ばせ、体育科の授業に支障が出たことについて、教頭から注意を受けたにもかかわらず、反抗的態度に出たこと、自分が講習に出席する際に、実費の旅費を請求したこと、遅刻してきた生徒に対して正座させて注意するなど軽率な指導方法を取っていたこと、日曜日のミサに欠席することが多く、出席しても遅れて入ってきて途中で帰ってしまうのが常であったこと等、宗教科の担当教師として失格と判断せざるを得ない点が多々あった。
四 抗弁に対する認否及び原告の反論
1 抗弁1の事実は否認する。
原告は、採用面接のときや新任教員に対する説明会の場で、専任講師の雇用期間が一年間であるとの説明は受けていない。
被告は平成五年六月八日に施行された就業規則において、「専任講師とは、当該年度のみ雇用する教育職員であり、雇用期間は一年間とする。(六条)」との規定を新設したのであり、それまで専任講師の雇用期間を一年間とする話は一切なかった。
2(一) 抗弁2(一)の事実のうち、被告の就業規則に試用期間を一年間とするとの規定があることは認めるが、解雇の効果は争う。
(二)(1) 抗弁2(二)(1)の事実のうち、被告の教育理念に関する部分は認めるが、その余は否認する。
原告は、平成四年四月に被告に提出したカサキュラムにのっとって、宗教教育の成果を上げるため、生徒の関心・興味を念頭におきながら、具体的問題に触れつつ授業を進めてきたのであり、試験問題においても聖書の教えを重視した出題をしており、授業内容について被告から問題点を指摘されたことはなかった。
(2) 抗弁2(二)(2)の事実は知らない。
原告が、信愛女子短大付属を退職したのはフランス留学のためであった。
(3) 抗弁2(二)(3)の事実のうち、原告が宗教科の授業のときに生徒をグラウンドに出させたことがあることは認めるが、その余は否認する。
被告が問題点として指摘する事実のつち、旅費の請求の点は、研修会に出席するにあたって事務局長に研修費の援助を受ける制度について問い合わせたにすぎず、生徒を正座させて指導したとの点は、学年主任が行ったものであり、その他の事実についても全く事実に反する主張である。
3 原告は、キリスト教精神に基づく良い学校作りに尽力し、授業においても荒れている生徒に自信をつけるよう指導し、教育実践を行い、校務においても他の教職員と協力して行ってきたのであり、採用後の一年間、教育内容の問題を指摘されるなど是正を求められたことはなかった。
被告は、原告を解雇する理由として、原告や原告を支援する教職員組合との交渉において、当初は専ら被告側の事情であると説明するだけであったが、その後平成五年二月二六日には専任講師が一年契約であり、期間が満了したことを理由に挙げるとともに、原告の問題点として①いわゆる幽霊ビルの爆破のあった日の生徒の早退を許可しようとした、②遅刻が多い、③中体連期間の授業の際、生徒を無断でグラウンドに連れ出したとの三点を指摘し、同年三月二二日には、雇用期間の終了は理由とせず、授業内容について保護者から批判があったことを理由とするなど一貫性がない上、解雇理由として挙げた内容はいずれも虚偽のものであった。
被告は、原告の授業内容を把握する努力をすることなく、一部保護者のうわさ話を取り上げるかあるいは期末・学年末考査の試験内容から推測して、原告の授業内容が不十分であるとの理由をつけて、本件解雇を通告したのであるから、解雇権の濫用に当たるというべきである。
第三 証拠
証拠関係は、本件記録中、書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1、2の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 抗弁1(雇用期間の終期の到来)について
1 いずれも成立に争いがない甲第二号証、同第三号証、同第五号証、同第二八号証の二、乙第一号証及び同第三〇号証、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第一二号証並びに原告及び被告代表者各本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。
被告の就業規則には、平成五年一月一日施行のもの以前は、教職員の意義について、常時勤務する専任の教育職員、事務職員、業務職員を含み、これらと臨時に契約により雇用した者(非常勤講師等)とを区別していたが、採用等の人事面の処遇や勤務内容等において、専任の教育職員の中で、教諭と専任講師とを区別する定めはなかった。就業規則は、同年四月一日に改訂され、専任講師の身分について、当該年度のみ雇用する教育職員で、雇用期間が一年間であること、人事委員会の審議によって五年まで更新でき、教諭に任用されることもあること、と新たに定められた。
平成三年度まで、光泉中学・高校の宗教科は実井育子が担当していたが、結婚を機に平成四年三月をもって退職することとなったため、同四年度の宗教科の教員を募集することになり、川崎副校長(当時)を通じて右実井の出身校でありカトリックの大学である英知大学に問い合わせた。
原告は昭和三九年四月一〇日生まれで、長野県の出身であるが、昭和六二年三月、英知大学文学部神学科を卒業後、同年四月から翌六三年三月まで信愛女子短大付属で勤務し、その後同年九月から二年間フランスに留学し、平成二年一〇月から地元企業である記念品製造販売の株式会社ウッドレックスに就職し、同三年九月からは大阪営業所で勤務していた。原告は、同四年一月に出身大学である英知大学の和田幹男教授から光泉中学・高校を紹介され、当時の副校長川崎景敏に連絡を取り、常勤の教員としての採用を希望し、面接を受けることになった。同年二月一二日に光泉中学・高校において面接が行われ、山田右理事長、池田汎邦事務長、上村清隆人事委員の外、平成四年度から教頭となる服部守が立ち会った。面接においては、信愛女子短大付属を退職した理由や原告が長男で両親が長野県に住んでいることから、将来長野県に帰らなくてよいのか等が尋ねられた。
原告に対しては、右面接日である平成四年二月一二日付で採用通知が出され、原告を同年四月一日から専任講師として採用すること、試用期間を一年間とすること等が記載されていたが、雇用期間についての記載はなく、原告に対する同年四月一日付の辞令書においても、同日付で専任講師を命ずること、教育職一級として一一号級を給することが記載されていたのみであった。
原告は、宗教科の専任講師として、中学一年生から高校二年生までを一週間に一九時間の授業を受け持った外、校務分掌として宗教部及び高校二年生の副担任を四クラス担当し、サッカー部の副顧問となった。
2 被告は専任講師の採用が一年の期限付雇用契約と定められていると主張し、被告代表者や上村人事委員は、原告に対する面接の席上で、「専任講師は教諭と違って一年間の期限付であるが、宗教科専門の教員は一人だけであるから頑張ってもらいたい。」旨の発言を理事長が行ったと述べ(乙第八号証、同第一〇号証、被告代表者本人尋問の結果)、被告学園の総務課に勤める有田吉彦は、平成四年四月一日に新任教職員に対する説明会を行い、学校事務室の松井室長において、専任講師は一年契約の期限付講師であると説明した旨述べている(乙第六号証)上、平成五年度に被告が採用した専任講師に対する辞令書には、雇用期間が平成五年四月一日から同六年三月三一日までと明示されている(乙第一五号証の一ないし二四)。
しかし、原告や同時に採用された土田るみ子は、面接や採用に当たって、専任講師の雇用期間が一年である旨の説明は全くなかったと反対の供述をしており(前掲甲第一二号証、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第二五号証及び原告本人尋問の結果)、右認定のとおり、被告が原告を採用したのは、宗教科の教諭の結婚による退職を補充するためであり、原告の採用を短期に限定する理由はなかったこと、原告がそれまでの勤務先を退職して被告に就職したこと、就業規則において専任講師の身分が教諭と区別されていないだけでなく、原告の仕事内容は受持科目の授業の外、校務の分掌等教諭と異なることはなかったこと、採用にあたって原告に交付された文書(採用通知、辞令書)には雇用期間について何ら記載がなかったことの各事実に加え、成立に争いがない甲第三六号証によれば、平成四年八月五日付で被告が行った求人依頼には、採用条件として、採用身分を専任講師とするが、採用から一年以上良好な成績で勤務した者は教諭として正式採用する旨記載されており、雇用期限については明示されていなかったことが認められるのであるから、原告が、被告との雇用契約について、一年間の期限の定めのあるものであると了解していなかったことは勿論、被告においても、期限付の雇用を前提としていたとは認められない。これに反する前記被告代表者らの供述は信用できず、前掲乙第一五号証の一ないし二四は、いずれも本件の紛争が生じた後に交付されたものであるから、原告を採用した当時の被告の認識を示すものではなく、他に原告と被告との雇用契約に期限の定めがあったと認めるに足りる証拠はない。
三 抗弁2(本採用の拒否)について
1 抗弁2(一)の事実のうち、被告の就業規則に試用期間を一年間とするとの規定があることは当事者間に争いがない。
ところで、試用期間が設定された雇用契約の意義は、試用期間中の労働者が試用期間のついていない労働者と同じ職場で同じ業務に従事し、使用者の取扱にも格段変わったところはなく、また、試用期間満了時に再雇用に関する契約書作成の手続が採られていないような場合には、他に特段の事情が認められない限り、解約留保権付雇用契約であると解するのが相当であり、使用者が右留保された解約権を行使できるのは、解約権留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認できる場合に限定されると解すべきである(最高裁平成元年(オ)第八五四号同二年六月五日第三小法廷判決・民集四四巻四号六六八頁)。
本件において、原告は、前記二1認定のとおり、専任講師として採用されてから、他の教職員と変わらず、授業や校務を担当し、その身分・処遇について教諭とは何ら異なる扱いを受けていなかったのであり、前記二2認定のとおり、原告と被告との間で試用期間満了をもって当然に雇用契約が終了する旨の合意があった等の事情が認められないことからすれば、試用期間が設けられた意義は解約留保権付雇用契約と解するのが相当である。
被告の就業規則(前掲甲第五号証、同第二八号証の二及び乙第一号証)によれば、試用期間を良好な成績で勤務したと認められた場合に正式採用し、試用期間中や満了のときに、引き続き勤務させることが不適当と認めたときに解約すると定め、平成五年一月一日の改訂の際に、試用期間を設ける労働者を職員一般から教職員に限定したことからすれば、試用期間を設けた趣旨・目的は、主として教育職員としての能力・適性を評価、判断することにあると認められるから、以下、被告の主張する解約権の行使を認めるに足りる相当な事由の有無について検討する。
2 被告が、留保解約権を行使するにあたって相当な理由があると主張する事情は、①原告の授業内容が不適切であること、②原告の以前の勤務校においても原告が教師として不適格であると評価していたこと、③原告には遅刻が多いこと、生徒指導が不適切であることや上司等に対して反抗的態度を取ること等宗教科を担当する者として不適当な態度がみられることを主張する。
(一) 授業内容が不適切であったことについて
被告代表者は、本人尋問において、二学期になってから、同僚の教員や保護者等から原告の授業内容について苦情が出るようになり、管理職会議において宇部校長や服部副校長らから宗教科を逸脱した授業内容であるとの報告を受けたと供述し、証人永井芳男は、同証人が保護者を対象としてキリスト教研究会を行っていたところ、平成四年五月末ころから、原告の授業内容や採点方法等について疑問視する声が出るようになったと証言し、成立に争いがない乙第一三号証の一ないし三によれば、中学一年生から三年生の平成四年度の学年末考査の問題は、一年間の宗教の授業の感想の外、アパルトヘイトやアウシユビッツ、キング牧師に関する出題がなされていたことが認められる。
他方、原告は、本人尋問において、被告が問題視する社会問題(アパルトヘイトやアウシュビッツ等)を授業で取り上げたのは三学期になってからであり、それまではキリスト教の教義等を中心に授業を行い、中絶の問題についてもキリスト教の教えを念頭において教えていたと相対立する供述をしている。そこで前掲甲第一二号証、いずれも成立に争いがない甲第二九号証の一ないし五及び同第三五号証の一、二、原告及び被告代表者各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
原告は、宗教科の授業を担当するにあたり、前年度までの担当教諭であった実井育子が残していた授業報告を参考にして授業計画を立て、作成した授業計画書を被告に提出した。
原告が行った平成四年度の一学期の期末考査では、中学一年生から高校二年生まで、いずれも聖書に関する問題を中心に出題し、学年末考査においても高校一年生及び二年生については、聖書やキリスト教の教義に関する出題をしていた。
原告は、平成五年三月二二日に、被告と聖パウロ学園教職員組合との団体交渉に参加し、その席上永井芳男副理事長から、原告が宗教の時間に要理を教えていないとの苦情があったとの説明を受けたが、それまで授業内容について不適切であるとの指摘を受けたことは一度もなく、何らかの指導を受けたこともなかった。
右認定事実に加えて、被告代表者は、原告の授業内容の苦情についての事実確認は永井副理事長か宇部副校長が行ったと思うと供述するものの、成立に争いがない甲第三八号証及び証人服部守及び同永井芳男の各証言によれば、宇部甫副校長(当時校長は山田理事長が兼任していたため、実際の校長の職務を担当していた。)は原告とは余り接触がなく、原告との雇用契約を解雇するに至った詳しい事情を知らず、永井副理事長も原告の授業の内容について立ち入った調査を行っていないことが認められ、さらに証人永井芳男は、平成四年度の夏休み前に原告の授業に関する保護者からの苦情の内容をまとめて理事長宛に提出したと証言するものの、苦情の内容について曖昧な部分がある上、被告代表者は本人尋問において永井副理事長からの報告について全く触れていないことからすれば、前記被告代表者の右供述や証言は信用することができない。
以上によれば、被告が原告の行った平成四年度の授業内容を具体的に把握していたか否かは甚だ疑問があるといわざるを得ず、原告が、被告の教育理念や宗教科教育の基本から逸脱して、独自の判断で授業を行っていたとの主張は採用できない。
(二) 信愛女子短大付属に対する問合せ結果について
被告代表者は、上申書(乙第二四号証)において、平成六年一二月二一日に、和歌山信愛女子短期大学付属中学校の元校長(現在同短大学長)に原告の評価を問い合わせたところ、変わり者で他の教員との協調性がなく、反抗的であり、授業中もクラスが騒がしい等問題が多かったとの回答を得た旨述べているが、同本人尋問の結果(第一回)においては、本訴提起後に電話で信愛女子短大付属に問い合わせたと供述し、陳述書(乙第一〇号証)では、信愛女子短大付属に原告の勤務態度、内容について問い合わせた結果を踏まえて、原告の処遇について協議する機会を持ったと述べている。このように、被告が信愛女子短大付属に対する問い合わせを行った時期は各証拠によって変遷しており、結局どの時期に、どのような方法で原告の勤務態度等を信愛女子短大付属に問い合わせたのかは暖昧である上、仮に右のような回答があったとしても、具体的事実の裏付けがない抽象的なものにすぎないから、その回答結果を信用することは到底できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そもそも、右の事柄は過去の職場における問題であるから、本件における原告の勤務状況の評価においては、あまり関係がないというべきである。
(三) 原告に遅刻が多かったことについて
前掲甲第五号証および乙第一号証によれば、被告における教職員の勤務時間は始業時間が午前八時一〇分と定められていたことが認められる。
証人服部守は、教頭として毎日午前七時四〇分ころに出勤し、他の教職員の出勤状況をチェックしていたが、原告は時々出勤が遅く、一〇月から一二月にかけて無作為に選んだ一週間の出勤状況を調べたところ、一〇月については四回、一一月は三回、一二月は二回遅刻していたこと、特に一学期の宗教科の期末テストの当日にも始業時刻直前になって出勤した旨を証言し、その調査結果等を記録したメモ(乙第二二号証)を提出する。また、被告代表者や前記有田吉彦は、原告が理事長室や事務室の前を通って出勤するため、始業時刻に遅れて出勤してくる姿を何度も目撃したと供述する(乙第二五号証、同第三一号証、被告代表者本人尋問の結果)。
しかし、原告は、始業時刻に余裕をもって出勤しており、出勤後、職員室の外の廊下で生徒と応対していたために、職員室に入室するのが始業時刻の直前になったと誤解を招くようなこともあった旨供述し(原告本人尋問の結果)、通勤の際に理事長室等の前を通ることはなかったから、被告代表者が原告の出勤状況を知る機会はなかったと述べており(甲第四五号証)、証人服部守は、職員室に入っている教職員を認めたときに初めて出勤したことを確認するにすぎず、タイムレコーダー等によって出勤時刻を管理していたのではない旨認めていることからすれば、同証人による出勤状況の調査方法は極めて不十分なものといわざるを得ないから、同証言をにわかに信用することはできず、他の乙号証及び被告代表者の供述についても感想の域を出るものではないことからすれば、これをもって原告に遅刻が多かったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(四) 被告は、他にも受持科目の授業中にグラウンドに無断で生徒を遊ばせたことや講習会への参加にあたって旅費を請求したこと等を留保解約権行使の相当事由として主張し、これに沿う報告書等を提出するが、右報告書が一方的な論難であることをさておくとしても、右事由をもって留保解約権行使の相当性を基礎づける事情とは認められないから、その余について判断するまでもなく、被告の抗弁2は理由がない。
四 原告の賃金額について
1(一) 原告の毎月の平均賃金額が二四万六六九〇円(うち本俸は二〇万二八〇〇円)であったこと及び聖パウロ学園教育職給料表(平成三年四月一日適用)によれば、原告に対する一時金(勤勉手当・期末手当)の額が、本俸を基準として、六月が2.2か月、一二月が2.7か月、三月が0.55か月と定められていること、一時金の支給日が原告主張の日であることは当事者間に争いがない。
(二) 被告は、勤勉手当が理事長の裁量によって決定される旨主張するところ、前記認定のとおり、原告が被告において就労できない理由は、被告が一方的に契約の終了ないし解約を主張してその就労を拒んだことにあるから、原告が平成五年四月一日以降勤務していないのは、被告の受領遅滞というべできあって、それ以前の原告の勤務内容に問題があったと認められないことは前記三2(一)認定のとおりであるから、原告の勤勉手当を減額すべき事由は認められないと解すべきである。
2 ところで、原告は、平成五年四月以降の平均賃金及び勤勉手当等の支払を求めているが、将来の給付の訴えについては、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り、訴え提起が認められるところ、本件については、その紛争の経緯及び訴訟遂行の態度からすれば、本判決言渡しによって直ちに労使関係が正常に復して原告に対する賃金支払等が確保されるとはいいがたいものの、地位確認訴訟について原告の本案勝訴判決が確定したにもかかわらず、被告がこれにしたがわず、賃金の支払を拒否し続けるとはほとんど考えられないことからすれば、右確定のときまでを限度として賃金等の支払を求める利益があると解するのが相当である。
3 以上の事実によれば、被告は、原告に対し、本判決確定の日まで、平成五年四月一日から毎月二五日限り一か月二四万六六九〇円の割合による賃金、同年六月末日から毎年六月末日限り四四万六一六〇円、同年一二月一〇日から毎年一二月一〇日限り五四万七五六〇円、同六年三月二〇日から毎年三月二〇日限り一一万一五四〇円の各割合による一時金を支払う義務がある。
五 まとめ
よって、原告の地位確認を求める請求は理由があり、平均賃金及び一時金の支払請求については、本判決確定の日までの支払を求める限度で理由があり、確定後の支払を求める部分については訴えの利益がないから却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官鏑木重明 裁判官森木田邦裕 裁判官山下美和子)